自転車のこと

サイクリング記事を書くことが苦手な話

サイクル記事を書くことが苦手な話-アイキャッチ画像

実は私はサイクリング記事を書くことが苦手です。このブログでは自転車関係の内容が多いくせに何を言ってるんだと思われたかもしれません。でも、事実です。

人の記事もまず読みませんが(他者批判の意図は一切ありません)、とにかく自分がサイクリング記事を書く行為が苦手です。

ブログを続けてかれこれ2年ほど。少しは苦手意識が消えるかなと思ったのですが、一向に改善される気配もないのですよね。

しかし細々と続けて、気づいたことがあったので、苦手な理由を記事にまとめてみることにしました。

この記事の内容

  • サイクリング自体は好き
  • サイクリング記事が書けない4つの理由

サイクリング記事を書くことが苦手な話

サイクリング自体は大好きなんだけど…

まずはじめに、私はサイクリング自体は大好きです。

遠くに行くのも、近場を散策するのもどちらも好きです。もっとも10km圏内程度なら徒歩の方が好きだったりします。

手段はともかく、どこか新しい場所に行くというのはわくわくしますよね。近場探索であっても「おお、こんなお店あったのか!」なんてことがよくあります。

私は徒歩、サイクリング、北海道一周などどのようなスタイルであっても、「新しいもの(世界)をみたい」という思いが根底にあって動きます。

そんな前置きを書きつつ、このブログは自転車ネタを扱うことが多いです。よって、切っても切れないのがサイクリング記事です。

どこへ行った、何を食べたなど自分の経験を書くのが主流でしょうか。

最初は私も書いてみたのですが、どうもこれが楽しくない。それを何故か考えてみるといくつかの原因があるようでした。

苦手な理由1.ブログに縛られたくない

まず1つ目の原因として、ブログに縛られたくないという気持ちがあります。

自転車の面白いところは、徒歩より速く、バイク・車類より遅い目線で世界を見渡せるところです。私にとって、自転車は新しい世界を見渡すには絶妙の速度感でした。

しかし、経験、記憶したことをブログに収めようとすると話は別で情報量が多くて苦痛でたまりません。

行った場所、そこまでのルート、自転車以外の思い出(食べ物、観光)をブログ用に記憶したり写真撮ったりって結構めんどくさいです。自分には苦痛でした。

たまには書きたいなと思いますが、気持ちになるのが一年に数回、実際に書くのは数年に1回というが実情です。

苦手な理由2.追体験を極力避けたい

2つ目の原因は追体験を避けたいです。

私は基本的に人のサイクリング記事を読みません。これはブログ作者の経験を追体験したくないからという理由からで、心の中に新しい世界には真っ新な状態でという気持ちがあります。

旅をしていると緊急事態なこともありますから、完全には無理ですが普段の姿勢はそのような感じです。

自分が嫌なことは人にはしないの精神だと、サイクリング記事というのは中々筆は進みませんね。自分に対して何かを残したいとか、追体験とも違う”何か”があれば書いています。

苦手な理由3.自転車は目的ではなく手段であること

3つ目の理由として、自転車に乗る意味が目的ではなく手段になることが多いからです。

自転車はすごく楽しい乗り物ですが、私は目的があって自転車(手段)に乗ります。それは目的地、近所の植物散策、買い物など様々です。

そのためか目的を果たすことばかり意識していて、ブログ意識が薄くなりがちというのもよくない傾向のようです。

買い物とか近所の植物散策は地味ですからね。這いつくばって植物見てる姿なんて載せられたものではありません。笑

サイクリングロードやイベントごとには一切行きませんし、華やかさにも欠けますね。

苦手な理由4.文章表現の至らなさ

最後に文章表現の至らなさです。

人に追体験を強要せず、ほど良く伝える表現方法の1つとして、私は「文章だけで伝えること」という考えがあります。しかしこれが本当に難しいです。

文章だけで書ききる能力が低いと分かっているので、サイクリング記事を書くことが億劫になってしまっています。

書かないと伸びないのですが、言葉や表現を知らないためかずっと伸び悩んでいる感じがしています。もしくは心を動かす経験の少なさでしょうか。

少し話が反れますが、私には尊敬する自転車乗りが1人います。年が凄く離れています。まだインターネットが発達していない頃、日本を、そして世界中を自転車で渡り歩き、自身の肌で経験した人です。旅の途中で知り合いました。

最近ふとした事から、その人の旅の文章を読む機会がありました。これが文字だけの世界でした。

文字だけなので追体験の圧迫感がなくて私でもすんなりと読めたことが衝撃的でした。そのわりに食べ物の姿かたち、情景、人との関りが生き生きと浮かび上がってきます。

自分も行ってみたいと思わせつつ、具体的な描写(追体験感としておきます)を避けるこのバランス感は、私の考える表現方法のそのものでした

個人的にはこの領域に辿りつきたいのですが、いきなりは無理そうです。今の私は写真を挟みつつ文章を書き続け、少しずつ写真を減らしていくという過程になりそうです。

それが10年、20年と何年必要かは分かりませんが、ゆっくりと辿りつきたいですね。

ちなみに北海道海岸線一周の記事は?

「北海道海岸線一周の記事はやけに熱をあげていたよね?」

このブログをよく読んで下さる方は、上記の疑問を持たれるかもしれません。

一応、サイクリング記事のカテゴリー内に収めているので、厳密にはサイクリング記事なのですが、個人的な感覚としては、物語として作品の色を強く持たせています。

一連の記事を通して、作品のようになればいいばいいなという気持ちを込めました。

こういうのはものはいいようというところですが、せめて自分の中での位置づけははっきりさせようと考えて、「北海道自転車の旅~海岸線一周3000km物語~」と、作品寄りであることをタイトルで強調しています。

タイトルに意味を持たすのはとても難しくて、北海道一周という単語を入れようかななんて迷ったりもしたのですが、北海道一周より海岸線一周の方が適切だなと思いました。

まとめ

以上、自分がサイクリング記事を書くことが苦手な理由でした。

たまにお問い合わせで「もっとサイクリング記事」を書いてくれ!とありがたいご連絡を頂くのですが、こんな理由から遠のいていました。

書いてみようとはするものの、何か違うなと消してを繰り返す日々です。

実は数だけでいえばかなりの数がキープされているのですが、最後の公開となるとためらってしまいます。

少しずつ自分のペースで納得いくものをあげていけたらと思いますので、サイクリング記事を楽しみして下さってる方は、1年に1回くらい様子見に来て頂ければ幸いです。笑

最後にここまで読んで下さった方にサイクリング記事ネタを1つ。

18年の春に友人と自転車で小旅行をしました。池袋発、川越街道制覇と銘打って川越街道を駆け抜けました。その時、川越で撮った梅の写真です。

川越の梅の花

川越街道を自転車で走るなんてネタとしては面白いですが、当時は友人と遊ぶことが最大の目的になってしまって写真撮ることを忘れてしまいました。

しかし、この梅や当時の風景を文章のみで表現できるようになるまで何十年かかるやら…。

プレシジョントレッキングの改良とその変遷――